ファルス : 神秘的なシンボル

ファルス
RangkharのTshongpa
Sonamさんが初めてトラックを買ったとき,彼は板金に数多くファルスを絵描いたそうだ。それを見ていた農家のDorji Gyeltshenさんは木でパスス彫刻をほったら,Ba-minという彼の牛が子牛を生んだそうです。

ParoにすむSingayさんは新しい家を祝うため,ファルスの絵を4枚飾ったそうです。東ブータンでは豊作を願うために木製のファルスを飾るそうです。TshechusではAtsaraたちが衣装としてファルスを身にまとうそうです。

ファルスは今までよりさらに人気になってきています。

ファルスは木製,金属製,石製,そして布製で様々な形や大きさで見るけるコトが出きます。絵画として,家の中に飾られたり,ひさしに吊り下げたり,伝統的な儀式などでは,様々なフォームで飾られます。
ブータンではファルスは儀式において重要な役割を示します。社会全体を見守り,悪い魂や,悪を取り払う力があると信じられています。

新居祝いの儀式でファルスを使用することで,その場所を神聖にする働きがあるそうです。ファルスの配置は念入りにしなければなりません。4つのファルスは4方向を向き,家のひさしに飾らなければならなく,一つは室内に飾らなければなければなりません。5つの巨大なファルスは一束にまとめられた木から彫刻され,竹のバスケットに入れられます。通常はきれいに着飾った処女の女性がダンスと歌で他の人をリードし,そのバスケットを持ちながら家の周りを歩きます。

男性と女性,それぞれがグループを作ります。女性グループは家の東側のひさしの下に立ち,男性は屋根に上ります。バスケットはロープの中央にむすばれます。ロープの両端を各グループに渡し,そこで綱引きが始まります。男性陣はそれを屋根の方にひっぱり,女性陣は地面の方に引っ張ります。最終的には男性陣の屋根の方に引っ張られ,ファルスは屋根のひさしに飾られます。この綱引きは,伝統的なファルスの歌を歌いながら行われます。周り綱引きを見ている人は,歌の合間に“ラソ”という掛け声で歌を盛り上げます。

男性軍は綱引きの途中で,わざと疲れたふりをし,バスケットは女性軍の方に落ちて行きます。このとき,家主は男性軍を活気づけ,勝負を続けるようにあおります。

そして最終的に屋根まで引っ張り上げてきたバスケットをひさしにくくりつけます。この特別なファルスは5色に塗られた5つ短剣が一緒にくくられます。

Dasho Lam Sangaさんが説明するに,この5つの短剣はLord Jambayangが示す5つの意味があるといいます。“東側のひさしには白い短剣をかざります。白は平和,純粋さ,そして輪を意味します。赤い短剣は健康とパワーを意味し,西側に飾られます。黄色の短剣は,希望を意味し,南の方向に飾ります。北側には守りを意味する緑の短剣が飾られます。5つ目の青い短剣,学問や知恵を意味,家の中に飾られます。

しばしば,この悪の目と舌(Gulang もしくは Wangchu Chenpoとよぶ)から守ってくれるという木々をカラム・シンもしくはミカと呼びます。悪の目と舌はLord
Shivaの男性の象徴といわれることもあります。

逆にファルスのような一般的なお守りは,一目で悪霊退散のお守りだとわかるだけではなくそれ以上の意味合いを持っています。

ブータンで発行される唯一の新聞KUENSELによると。ファルスの本当の意味合いとは,人々の信仰によって,誤った方向に移行してしまったといいます。 

“ファルスは単なる美術にすぎない。しかも男性のエゴを浮き彫りにした美術だ。もっと簡単に言えば,男性のエゴを常に考えさせるためにこのような外見をしている。ファルスは男性のエゴの中心を意味し,SEXの喜びを表したものではない。“

象徴という意味でファルスを捉えると,ファルスは社会に入り込む戦闘機のようだ。視覚的に刺激を与えると同時に,正しく,何かを導きだすために使えればすばらしいものとなる。しかし,戦闘機とは,一度コントロールを失ってしまえば,男性が本能のまま,理性を失った状態になってしまう。ファルスはそういった意味で,男性にコントロールと理性を再確認させ,文明的に生きる方針を教えている。

この説明はヒンドゥー教の教えも含めますと,シヴァリンジャム(Lord Shivaのファルス)が創始者の古代のエネルギーを意味し,リンガが巨大な宇宙の炎を示し,その元となるVishnu(支持する人)とBhrama(創始者)をたどることができなかった。

ヒンドゥー教の神話では,日常の欲望をコントロールすることで,どんな理性のかけらのない人でも世界を征服することができるといお話があるのに対して,このような時代遅れの考え自体は,衰えた考えであり,それだけの行動しかできないとも捕らえられています。

ブータンの総合研究者の話によると,ブータンの捕らえるファルスのシンボルはヒンドゥー教のように,女性が男性に占領されていることを表しているわけではありません。ファルスはブータンにとってはどちらかというと幅広い欲望を示しています。

たとえば,家のひさしから吊り下げられたファルスと短剣は2つの両極端の意味を示しています。ファルスは幻想を示し,短剣は知恵や学問を示します。双方が存在することで,双方を無にしてしまう可能性がある人間の精神を表しています。

もっとも良く聞かれる質問として, どのようにして,このファルスの文化がブータンに伝わったかです。
Dasho Lam Sangaさん,言語と文化協会の元会長はこのような文章を残しています。“ファルス信仰心はGuru Rimpoche やShabdrung
Ngawang Namgyalが唱えた前に始まりました。私たちが知っていることは,私たちの祖先から語り継がれてきただけです。”

ブータンの学校では,ファルスは仏教より前のBONと呼ばれる宗教を信仰していた時代から存在していたと教えている学校もあります。

“ファルスは元々BON宗教に不可欠な存在でした。仏教が誕生する前,BON教がブータンの主な宗教でした。その中でファルスは様々な儀式や,宗教全体でとても重要な役割を占めていました。現在におけるファルスの信仰はその名残であります。”

たくさんのブータン人はファルスのシンボルは有名なブータンの聖人,Lam Drukpa Kinleyの伝説とつながりがあると考えています。 (彼の自由気ままな性に対する考えからDivine
Madmanと呼ばれることもある。)
しかし,ブータンの学者はこの意見に真っ向から反対しています。“ファルスのシンボルを聖人は確かに繋がってはいるが,それらを直接結びつける仮説は誤っている。確かに人々が信じている仮説では,ファルスの意味合いが深まっており,特別なものにしているが,Drukpa
Kinleyはファルスを悪に対する霊媒の道具として,性行為の社会的なスタンダードに合わせるために使っていただけで,決して人々が信じている伝説ではない”と学者,Sonam
Kingaは主張しています。

実際,有名なDrukpa Kinleyの聖人伝説では,ハレラを使って悪魔を飼いならしたとまで言われている。話では,彼は悪魔と性交をし,悪魔は彼の相当な大きさに大変満足したという。Thimphu
のLobesaにある Chimmi Lhakhangは現在,聖人のファルスが祭られ,人々に祝されています。

聖人がファルスの使用で邪悪な悪魔を飼いならし,征服したこの話は,ファルスが悪を追い払うというブータンの信念と一致しています。

ILCSの講義でKinzang Dorji はこういいました。“人間は財政的に繁栄すると,欲が強くなるといわれています。その悪の心を取り払うためにファルスを使っていたと思われます。ファルスは悪の目から身を守るためのお守りと信じられています。”

Dasho Lam Sangaもこの理論に加えこういいました。今現在でも東ブータン地方の一部の村では,悪の魂から身を守るためのファルスの信仰儀式が毎年行われています。ファルスの周りに花を飾ったり,ミルクやアラをお供えしたりもします。しかしアラの色は赤でなければなりません。なぜならば赤が人間の性器の色だからです。

他にもファルスを使った習慣として,お客さんに渡す飲み物を注ぐ前,コップに木製のファルスを入れたりします。

以前,Thimphu地方に住み,Yallang community学校で教師をしていた方が,このような奇妙な体験をしたそうです。“私が以前,村の儀式に参加させていただいたときの事です。突然,どこからともなく男性の集団が裸で現れ,女性を追いかけ始めたのです。捕まえた女性に性器をこすりつけて,悪の魂を追い払うのが目的だといっていましたが。。。 ”

ブータン人は喜んで男性性器の崇拝をするが,女性の性器はそれほどあがめられてはいません。ヒンドゥー教では pudenda,ラテンでは yoni,チベットでは
baga,と呼ばれています。

ブータンにも女子の性器をかたどった石製のものがありますが,大抵はヒンドゥー教のpudendaにとても似ています。Singye Dzong地域,Aja
Nye 地域,そしてTrashigang にあるJamkhar村で見ることができます。(Jamkhar村のものは,よくJamkhar ama
baga,Jamkharの母親のpudendaと呼ばれています。

Jamkhar ama bagaはDrupchuもしくは聖水をGomkora Tshechuの祭りの前に作り出すことができると考えられています。

しかし,ファルスの信仰は都心ではあまり活発に行われていません。Thimphuの家主は今まで壁に描かれていた巨大なファルスの絵を消すことにしました。時代の流れに対して,少しわいせつで見苦しいと感じたからです。ファルスの象徴は不安に感じている権力者により,非公式的に都心では徐々になくなってきています。

Kuensel 新聞にインタビューされたThimphu住人は,こうコメントしています。“今後,将来的にファルスのデザインというのが社会的に受け入れられるかが問題になると思います。ファルスは現代社会においてどのような役割として捉えられるのか?

出典: Kuensel,
ブータンの国政新聞.